【独り言】ハワイへ飛び立つ車イス②

「家族で、旅行も、いいものかしら」

前言撤回!前言撤回です!!


ハワイの空。海。緑。おだやかな時が流れる癒しの空間。と、思いきや。
「明日8時にレンタカー予約してあるから」
夜遅くフライト疲れと時差ぼけでやってきた娘への辛辣な通告である。
(私だけ予定が合わず個人手配だった)
「とりあえず3日間の予定はxxxで、xxxだから。あんた何かしたいことある?」
「いや…(…休みたいです。)」

田舎から出てきた人、特有の、「味わい尽くしてやる」という吝嗇さながらの根性で、びっちりとスケジュールが組まれていた。さようなら癒し。

なんだかんだで家族に対しても気を遣う私は、余計に疲れる訳である。
そして、世界の辺境秘境が好きな私と、海外旅行をほとんどしたことがない彼らとの温度差は、リアクションの大小に如実に現れ、無理くり作り笑いもしてやり過ごす切ない娘心を、両親は知るもんか。
嗚呼、悲しきかな。「家族」は、子供は巣立つと親が主役となる。


それはさておき、車椅子ご一行様のハワイ旅行、様々な発見があった。
特に、バリアフリーの精神と施設の徹底には、驚きが大きかった。
ハンディキャップをゼロへと近づける、そのためにきちんと行動する、アメリカの格好よさに、少し惚れた。

日本で、父は外出をしたがらない。
車椅子で出歩くときの、人目に耐えられない自尊心の高さと、衰え行く自身への体に直面する時の流れの残酷さ、自分でコントロールできない不甲斐なさ。
いろんな感情が父に渦巻いている事は、思考方法を受け継いだと言われる娘にとっては、想像に容易い。
だから、突然父がハワイ行きを許諾したことに対して、家族は驚いた。
その理由の1つに、そういったハワイの充実したサポート体制があったのだろう。

実際、ハワイと日本には大きな差があった。
海沿いを含む、どのトイレにも車椅子用があり、道は必ずスロープがある。
道行く人は誰もが手を差し伸べ、助けてくれる。
元々陽気な人が多く、助け合いの精神もある地域だと思うが、彼らの手の差し伸べ方は、助けるというよりも「敬い」に近いのだ。

これは、1990年に制定された「アメリカ障害者法」という憲法があるからだろう。
障碍者へ平等の機会を与えない事は、差別につながるというのだ。
他民族国家であるゆえに多様性を認めるアメリカは、多様性があっても黙殺し「ムラ」を守ろうとする日本とは大きく違うのだ。

ハワイで、父は「普通の人」になった。



アメリ障碍者
http://members.jcom.home.ne.jp/wheel-net/america.htm